サングラス 2


ある国では健康のために必要不可欠なものであり、別の国ではステータスシンボルともなるのです。


健康のために、サングラスが欠かせない国の一つがニュージーランド。


地上に降り注ぐ紫外線の割合が高いため、誰でも簡単に日焼けしてしまう。


つまり、この紫外線の影響で、皮膚病や白内障にかかってしまう危険が高い。


このためニュージーランドの人々にとって、サングラスはUVケアクリームと並んで一年を通しての必需品となっています。


頭の上にのせることなどはせず、しっかりと目を守るためにサングラスは使われているのです。

サングラス 1


サングラスは日除けに使われるとは限らない。


昨今、「ギャル」と形容される日本の若い女性の間で、典型的なファッションスタイルが確立されたことは、テレビや雑誌などでよく知られています。


そのスタイルの条件として、ミニスカートやヒールの高いブーツとともに欠かせないのは、茶髪と小麦色に焼けた肌。


いわゆる南国の人々のように、太陽の日差しを受けて真っ黒に日焼けした姿がおしゃれなのです。


当然、南国を意識したスタイルゆえに、サングラスも重要な小道具となる。


サングラス本来の使い方でなくとも、ヘアバンド代わりに頭にのせる女性もいる。


しかし、このサングラスという小道具は、国や民族によって意味合いや利用価値が違ってくるから興味深い。


占い師の価値観

「金のエネルギーが弱い=お金持ちにならない」とは言い切れないし、まして「お金持ちにならない=幸せにならない」とも言えません。

この占い師は「Aさんはお金に苦労する」と言ったわけではありません。

「特に強い縁があるというわけではない」という程度のことかもしれません。

ところがAさんは、まるで、「私たちが結婚したら、お金について苦労する」というように捉えてガッカリしてしまったのです。

このように受け止めてしまうのは、ある程度、誰でも仕方のないことだと思います。

Aさんが特に「お金」について聞いたわけではないのに、突然占い師がそれを取り上げれば、「お金に対してよっぽど良くないことがあるのだろうか?」と思ってしまうでしょう。

わざわざこれを言われたということは、「他のことに比べて、お金で苦労するのかもしれない」と思いたくなるのではないでしょうか?この占い師自身が、「お金が大事というような思いがあったからこそ、わざわざその部分に触れた」という可能性もあるわけです。

だとすれば、この占い師の価値観に大きく影響されて出ている言葉です。

仕事のエネルギーがほとんどないと言われたのに、社長として成功している人もいます。

「金が弱い=お金に縁がない」と言うほど単純なものではないので、ガッカリすることはありません。

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ドロボー対策として・・・3


出稼ぎにいった家族が苦労して送ってくれたお金を、みすみす奪われるようなことになっては泣くに泣けない。


そこで、すぐに必要なお金以外はいったん銀行に預ける人が増えているのです。


一方、ごく一部の富裕な人々はどうしているのかというと、彼らは国内の銀行を利用しない。


スイスやイギリス、またはエジプトなどに口座を設けて、そちらに富を蓄積させています。


これには、スーダンの銀行のサービスや質の悪さも影響しています。


事務効率が悪く、預金を引き出すだけで一時間も待たされることもあるのです。


これでは、徹底した顧客サービスに努めるスイスの銀行などにかなうわけもないでしょう。


ドロボー対策として・・・2


現金による支払いが主流をなしている社会であれば、銀行抜きに生活を営むことができる。


ましてや、遠くまで出かけていかないと銀行がなくて、貯蓄にまわすゆとりもないとなれば、わざわざ口座を開く意味はない。


北アフリカのスーダンでは、国民のほとんどが自給生活を営んでおり、毎日の食事にも事欠くような厳しい状況に置かれている人々が少なくありません。


そうしたなかで銀行口座を開く目的といえば、送金を受け取るため。


近隣のサウジアラビアなどに出稼ぎにいった家族が、故郷に向けて送金をしてくるのです。


さらに、防犯的意味合いもあります。


以前は比較的治安のいい国だったのだが、内戦や難民の流入で状況が変わった。


ドロボーや強盗の発生件数が増え、人々は被害に遭うことを恐れて銀行に預金するようになったのだ。


ドロボー対策として・・・1


ドロボー対策として銀行に預金するスーダン。


キャッシュレス社会が進む今日、銀行口座なくしては生活は成り立たない。


家賃やローン、光熱費の自動引き落としはもとより、クレジットカードの決済などもすべて銀行口座を通しておこなわれる。


低金利が続き、金融業界の危機的状況も伝えられているため、貯蓄や利殖については多くを望めないものの、やはり銀行などに預けるのが常道であることに変わりはない。


安心できないからといって、自宅に金庫をつくる人はごく少数です。


しかし、銀行口座を開設する目的は、その国の状況によってことなるもの。


あの時代の建築 4


イギリスでは、アン女王時代にロココ風の装飾や曲線のものを多く取り入れ、クイーン・アン様式を18世紀初期につくり、広げました。


このころのイギリスの家具様式は世界的水準に達し、多くの建築家や家具デザイナーを生み、そのデザイナーの名前が様式名として用いられました。


椅子やテーブルには、カブリオール(ねこ)脚を用い、貝殻とアカンサスの葉飾りの彫刻がされています。


また、背もたれが人の背面に合うよう、イギリスでは、機能性を考え独自のロココ様式が形づくられました。

あの時代の建築 3


ロココ(18世紀前半期)。


バロック時代の重厚で躍動的な美に対して、ロココは優美で軽快な装飾、曲線が取り入れられました。


家具は、権威や格式を示すものから、サロン生活を楽しむため、使いやすさと芸術的な美しさを追求して発展した様式です。


サロン生活のための室内装飾や家具の発展には、中心になる教養のある美しい婦人の力も大きかったようです。


優雅な生活をするための小ちんまりしたシャトーやパピヨンをつくり、室内の装飾や設備にはぜいをつくしました。


そして新しく婦人用のプライベートな私室として、ブードアールやアルコープが設けられました。


壁面は、バロックの色大理石装飾からしっくいに、ロカイユや草花に金を塗ったり、花柄や縞模様の壁紙を張ったり、床には草花模様のタペストリーを敷いたり、椅子やテーブルの卿に、カブリオールとよぶ曲線脚を用い、絹地やタペストリーを張り、背や座面に詰め物をし、座り心地のよく、美しい椅子を求めたりしました。


婦人服にパニエ(下着)を用いたので、椅子の肘掛けが後退しました。


ブードアールには、カナペとよぶ、装飾用の長椅子を設け、楽しい会話や、安らぎのある雰囲気をつくりました。


サロン生活に疲れた婦人が使う休息用椅子にブリゼとよぶものがありますが、これはベルジエール(肘掛け)とデイベットを組み合わせた椅子です。


壁面装飾用にコモドとよぶテーブルを壁鏡の下や窓間壁に設けました。


ルイ十五世は書斎にビュロー(蓋つき事務机)を使い、婦人の化粧テーブルには机と化粧台を兼ねたものを使っていました。


寝台は、華麗で軽快なものにかわりました。

あの時代の建築 2


イタリアの家具装飾は建築的な様式と葉飾りや人物像を多用した彫刻を用いた大きな衣裳戸棚やたんす、コンソールテーブル、タペストリー、機能を重視した肘掛け椅子があります。


フランスでは、ヴェルサイユ宮殿に代表され、その室内、家具装飾は王侯、貴族の権威を示し、装飾過剰な様式となりました。


有名な大広間「鏡の間」は象眼や金の装飾が施されていて、宮廷サロンの生活が目に浮かぶようです。


建築家マンサールと造園家ル・ノートル、それに室内装飾はシャルル・ル・ブランというスタッフによりヴェルサイユ宮殿の建築計画がなされました。


「太陽王」とルイ十四世はよばれましたが、環境デザインとして、宮殿と庭園の建築計画をしたことにルイ十四世の力の強さを感じます。


また、家具においてもゴブラン工場を設け、家具職人のアンドレ・シャルル・プールにより、キャビネットやテーブルに象眼や金の装飾などの精巧な手法を使い、ビロード張り椅子にH型やX型の装飾的な貫(ぬき)をつけて権威を表していました。


カナペとよぶ長椅子、バンケットとよぶ装飾的なベンチ、プリアンとよぶ婦人用のスツールやタペストリーで飾られた装飾寝台が使われていました。


ほかに壁面装飾用のコンソールテーブル、置き時計、宝石スタンド、事務机など生活様式が高度化されるにつれて、家具の種類も増えていったのです。

あの時代の建築 1

バロック(17世紀)。


ローマカソリック教会は、勢力の拡大と再統一を図り、反宗教革命運動とかかわります。


バロックはいびつな真珠を意味するイタリア語で、純粋な古典主義の原理に反することから名づけれられました。


政治体制の絶対化を確立した、このような時代を背景に建造されたローマのサン・ピエトロ大寺院は、カソリック教会の権威とバロック建築のシンボルでした。


17世紀後半には、これらの様式がヨーロッパ各地に広がり、フランスでは、ルイ14世のヴェルサイユ宮殿の造営で貴族様式として展開しました。


イギリスでは、王政復古時代を迎えて、貴族の邸宅の装飾に取り入れられ、セントポール寺院やハンプトンコートの宮殿が建てられています。


また、オランダからチャールズ三世が迎えられ、華麗な装飾、ジャコビアン様式をつくりあげました。


その後、ウィリアム・アンド・メリー様式へと発展していきます。